"Thirty-Six Views of Mt. Fuji/Honganji Temple at Asakusa in Edo" Hokusai Katsushika
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青く澄んで晴れ渡る空に聳え立つ東本願寺本堂の大伽藍。天高く揚がる凧は正月を暗示する。職人たちが大屋根に取り付いて仕事をしているから正月休みはもう過ぎた頃であろう。
棚引く白雲に浮かぶ富士はいかにも正月に相応しく、晴れ晴れとした風景である。
この図は藍摺りであり、他に色摺りもある。私の主観であるが、藍摺りのほうが見事である。 本堂の屋根瓦の藍、家並みの屋根瓦の藍、そして富士の裾野の藍、これらの重い藍色を、空の軽い青色に対比させて、同系色で見事なコントラストを為している。
本堂の左下(方角では東本願寺の南東側)の青瓦の家々は武家屋敷で、弘化改正御江戸大絵図を見ると、ここには実際に武家屋敷が密集している。
因みに、農家は藁葺き、大商家や武家屋敷は瓦葺きが当時の一般的概念である。
瓦屋根の藍色をコントラストさせるために架空の屋根瓦を描いた訳ではない。ここら辺りにも、北斎の写実主義への姿勢が垣間見える。
そして、大屋根の三角形と富士のそれとを相似させて、このシリーズに多く見られる構図に仕上げている。
ご存じのように本願寺には「東」と「西」がある。
そもそも本願寺は開祖の親鸞に始まるが、本願寺として成立するのは、本願寺第三世覚如(かくにょ)が寺院化を試み「本願寺」と号してからである。
時代が下って戦国時代になると、「一向一揆」と呼ばれる浄土真宗本願寺教団の宗教的自治組織が一大勢力となって戦国大名に抵抗した。
その代表的なものは越前・長島一向一揆や石山合戦(信長の石山本願寺攻め)である。
この合戦は最終的には第11世宗主顕如と信長との講和に至るのであるが、講話を巡って浄土真宗本願寺教団内部に分裂が起こる。
顕如の次男准如(じゅんにょ)は講話派、長男教如(きょうにょ)は徹底抗戦派として、両者は対立し東西分裂へ発展する。
准如(西本願寺派)は秀吉の後援を受け、教如(東本願寺派)は家康の後援を受けて分裂は固定化する。東・西のいわれは単に京都の本寺の立地の東・西に拠る。
江戸の当初の東・西本願寺の両方共に明暦3年(1657)の「明暦の大火」により焼失し、それぞれ淺草本願寺と築地本願寺とに移転する。
さて、東・西本願寺の巨大な本堂の姿は、時々の権力者、信長、秀吉、家康に対して大きな影響力を持った本願寺勢力の力を象徴しているとも言える。
『江戸名所図会』には東本願寺と西本願寺の両方の図がある。いずれの本願寺も広壮な境内に巨大な本堂が聳えている。
歌川広重の『江戸名所 浅草東本願寺』では、本堂の巨大な屋根が聳え、右手遠方には浅草寺の堂宇や五重塔が見える。同じく広重の『絵本江戸土産 浅草御門跡』にも東本願寺本堂の大屋根が聳え立つ姿が描かれている。浅草門跡とは東本願寺の別称で、門跡とは皇族や公家が住職である寺院のこと。
この図についての解説の中には間違いも見られるので指摘しておきたい。
まず、「浅草本願寺は一名西本願寺といわれる。築地本願寺の別院である。」という解説が見られるが、西本願寺と東本願寺を根本的に取り違えている。浅草本願寺は東本願寺である。
また、武家屋敷の一角から組み上がる櫓を「火の見櫓」と解説するものも見られるが、これは火の見櫓ではない。
本シリーズの『深川万年橋下』にも火の見櫓が二つ描かれており、また、『江戸名所図会』の「馬喰町 馬場」にも大きく描かれているが、火の見櫓には屋根が付いている。
本図の櫓は井戸掘りの櫓と思われる。「金棒掘り」といわれる掘抜き井戸工法で、先端に鉄製の掘削具を取り付けた竿で30m位の深さまで掘ることができたらしい。
中心に高い一本の棒が伸びているが、これがその掘削具の竿と思われる。
富士の右山裾の奥に山が描かれている。同様の形をした山は『青山圓座枩』・『穏田の水車』・『礫川雪ノ旦』にも描かれているので、北斎が恣意的に描いたものではなく実景であろう。
山の方角は身延山の方であるが、YAHOO地図の二点間直線距離測定と経路の標高グラフで確かめると標高1153mの身延山は見えない。
同じ要領で調べると、南アルプス(赤石山脈)の標高3013mの聖岳なら、それぞれに描かれた図の場所から見えるし、見える山容も描かれた姿に近いので聖岳と断定してもよい。
ついでながら言うと、『尾州不二見原』の場所と富士を結ぶ直線のやや北側に南アルプスの聖岳が位置しているので、『尾州不二見原』に描かれているのは富士でなく、南アルプスの聖岳であるという解説もある。
山頂の冠雪が凜とした空気をさらに引き締めている。
この版は藍刷りです。
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